キャリアストーリー.01
日本が誇るグローバル企業のグループ会社に勤務していた高野。日本人であれば知らぬ者はいないといっても過言ではないその巨大グループの中で、高野は社内向けの販売システム開発を担っていた。企業としての安定性は申し分なく、エンジニアとしての将来に不満はないと思われたその環境に、高野は年を追うごとに不安を抱かずにはいられなくなっていった。

それというのも、会社規模が大きいゆえに業務は工程毎に分かれており、いずれは手がけたいと思っていた上流工程に関わる機会が全く見えなかったからだ。入社して9年。30歳を過ぎてなお、上流工程の業務にチャレンジできずにいた高野はついに転職を決意する。

「将来はプロジェクトマネージャーとしてモノづくりの先頭に立って活躍するのが夢でした。その道に進むためにはもっと違う経験をする必要があるし、それは早ければ早いほど良いですからね。30歳を過ぎて将来を考えたとき、今の環境のままでは望む未来はこないと確信しました。転職することに、ためらいはありませんでした」

BTCに応募した時、会社の開発にかけるスタンスを知り、ハードルを高く感じていたという高野。しかし、意外にも面接へと訪れるとその雰囲気の良さに驚いたという。
「話に聞くところではレベルの高そうな人も落ちていたようですからね。とにかく技術力に対してシビアだと思っていて、面接はとても緊張しました。でも、プロジェクトマネージャーも役員もそれぞれ異なる個性があって、人間関係の良さを十分に感じられる雰囲気の良い面接で、ここで働きたい!と、心底そう思いました」

新しい一歩を踏み出すことに成功した高野。入社して配属されたのは、要件定義が終わりこれから設計フェーズが始まるプロジェクトだった。要件定義の読み込みから始め、これまで経験しなかったクラウドのデータベースサーバの構築も初めて挑戦。開発に従事してきた9年もの経験は必要にして十分なものであったが、逆に全面的にダメ出しをされたモノもあった。それはエンドユーザーが使うWeb画面のデザイン。長年やってきた開発は自社内の社員向けのシステムだったことから、デザイン的なクオリティの追求をしてこなかったのだ。

「限定環境の中では通用しても、外では通用しないものがあるということです。こういう新しい刺激はエンジニアの成長に必要なものだと思います。プロジェクトマネージャーなるには、もっと幅広い領域の経験をする必要があると改めて感じました」

高野の担当プロジェクトには現在、中国人とベトナム人も参加。多国籍プロジェクトとなっている。プロジェクトマネージャーは情熱的なタイプで、一方、その上司でもある管理責任者の役員は冷静なタイプだという。人間的にもバラエティに富んだチーム環境で開発リーダーを任され、さまざまなことを吸収している。

「いろんなタイプの人がいろんな意見を交わしていくんです。面白いですよ。この中でイニシアティブを取るのは一筋縄ではいきませんが、プロジェクトマネージャーになるために必要なスキルは間違いなく磨くことができるはずだと確信しています!」

プロジェクトマネージャーへはまだ道半ばの高野。しかし転職をしたことで
確実にその歩みを進めることができたのは間違いのない事実といえるだろう。
高野 宗吾
開発リーダー
■BTC入社/2015年4月1日
■前職/大手電機グループのSIer
キャリアストーリー.02
前職はエンジニア派遣を主業務とする会社に勤めていた。新卒で入社し、骨を埋めるつもりで業務に取り組んでいた森田だったが、会社側はその姿勢を評価することはなく、入社4年後に転職を決意することになる。

「頑張って成果を出したことが評価されないと、自分を磨くことはもちろん、
将来に希望をもつことなどできませんからね」

そんな森田が次のステージとして選んだのが、BTCだった。
2008年の入社後に配属されたECサイトの新規開発プロジェクトは、順風満帆とはいえないまでも同年4月にベータ版をリリースし、同年秋には正式運用を開始。新規開発ということでこの年の開発費は約1億円を計上していた。しかし開発後は、徐々に改修業務が減っていき、チームは年を追うごとに縮小。そのプロジェクトにおける売上も落ち込んでいった。

森田はそれまで“顧客満足を追求する仕事”というよりも“ミスのない期待値通りの仕事”を意識していたという。しかし、状況を変えるには新しいことに取り組む必要がある。そこで「多少リスクがあっても経験のなかった分野にも踏み込んでいこう。今まで以上にクライアントのビジネスに貢献できるように積極的に働きかけていこう」と仕事のスタンス・方向性を改めた。

「前職と違ったのは、新しい挑戦に対して会社が前向きだったということです。もちろんリスクもありますが、細かいことを言わずに、ただ任せてくれた。その器の大きさが自分を育ててくれたのだと思います」
ちょうどこの時、クライアント側でも別の問題が浮上してきていた。それまでクライアントのユーザーは電話やFAXを利用するケースも多かったのが、サイトがオープンすると徐々にユーザーはWeb利用へとシフト。社内業務的にもECサイトと、社内業務管理システムとの相互連携の重要性が増していった。タイミングよく、森田の提案のチャンスがやってきたのである。

しかし、簡単にはいかなかった。システム開発を担当した会社はドキュメントを残していないという事実が発覚したのだ。自社内で開発メンバー全員を招集して、一つひとつの課題を共有して、クリアしていった。これまでにない“動き”のなかで、視野を広げ飛躍的に成長していく。そして時と共に、成果は着実に実を結んでいき、プロジェクト規模を拡大していくのである。

森田に改めてプロジェクトの成功要因を聞くと、躊躇なくこう話してくれた。
「いいメンバーに巡り会えたことが大きいですね。自分の場合“人に任せること”があまり得意ではなかったのですが、このメンバーだからできたのだと思います。上司も、やりたいと思ったことをやらせてくれる。結果はしっかりと評価してくれる。行き詰まったときには、相談をして立て直してもらうこともありましたが、何度でも挑戦させてくれましたから」

現在ではBTCのなかでもトップクラスの売上を誇り、今もなお成長を続けている。何かを変えようとする意志があれば、何でも変えていける。森田は自らの行動力でそのことを実体験したのだ。
森田 正樹
シニアマネージャー
■BTC入社/2008年1月
■前職/エンジニア派遣会社勤務
高野 宗吾
開発リーダー
■BTC入社/2015年4月1日
■前職/大手電機グループのSIer
一開発者からプロジェクトマネージャーを目指す明確な道が見えてきた。
日本が誇るグローバル企業のグループ会社に勤務していた高野。日本人であれば知らぬ者はいないといっても過言ではないその巨大グループの中で、高野は社内向けの販売システム開発を担っていた。企業としての安定性は申し分なく、エンジニアとしての将来に不満はないと思われたその環境に、高野は年を追うごとに不安を抱かずにはいられなくなっていった。

それというのも、会社規模が大きいゆえに業務は工程毎に分かれており、いずれは手がけたいと思っていた上流工程に関わる機会が全く見えなかったからだ。入社して9年。30歳を過ぎてなお、上流工程の業務にチャレンジできずにいた高野はついに転職を決意する。

「将来はプロジェクトマネージャーとしてモノづくりの先頭に立って活躍するのが夢でした。その道に進むためにはもっと違う経験をする必要があるし、それは早ければ早いほど良いですからね。30歳を過ぎて将来を考えたとき、今の環境のままでは望む未来はこないと確信しました。転職することに、ためらいはありませんでした」

BTCに応募した時、会社の開発にかけるスタンスを知り、ハードルを高く感じていたという高野。しかし、意外にも面接へと訪れるとその雰囲気の良さに驚いたという。
「話に聞くところではレベルの高そうな人も落ちていたようですからね。とにかく技術力に対してシビアだと思っていて、面接はとても緊張しました。でも、プロジェクトマネージャーも役員もそれぞれ異なる個性があって、人間関係の良さを十分に感じられる雰囲気の良い面接で、ここで働きたい!と、心底そう思いました」

新しい一歩を踏み出すことに成功した高野。入社して配属されたのは、要件定義が終わりこれから設計フェーズが始まるプロジェクトだった。要件定義の読み込みから始め、これまで経験しなかったクラウドのデータベースサーバの構築も初めて挑戦。開発に従事してきた9年もの経験は必要にして十分なものであったが、逆に全面的にダメ出しをされたモノもあった。それはエンドユーザーが使うWeb画面のデザイン。長年やってきた開発は自社内の社員向けのシステムだったことから、デザイン的なクオリティの追求をしてこなかったのだ。

「限定環境の中では通用しても、外では通用しないものがあるということです。こういう新しい刺激はエンジニアの成長に必要なものだと思います。プロジェクトマネージャーなるには、もっと幅広い領域の経験をする必要があると改めて感じました」

高野の担当プロジェクトには現在、中国人とベトナム人も参加。多国籍プロジェクトとなっている。プロジェクトマネージャーは情熱的なタイプで、一方、その上司でもある管理責任者の役員は冷静なタイプだという。人間的にもバラエティに富んだチーム環境で開発リーダーを任され、さまざまなことを吸収している。

「いろんなタイプの人がいろんな意見を交わしていくんです。面白いですよ。この中でイニシアティブを取るのは一筋縄ではいきませんが、プロジェクトマネージャーになるために必要なスキルは間違いなく磨くことができるはずだと確信しています!」

プロジェクトマネージャーへはまだ道半ばの高野。しかし転職をしたことで
確実にその歩みを進めることができたのは間違いのない事実といえるだろう。
森田 正樹
シニアマネージャー
■BTC入社/2008年1月
■前職/エンジニア派遣会社勤務
考え方を変えることで、プロジェクトの売上をV字回復。
前職はエンジニア派遣を主業務とする会社に勤めていた。新卒で入社し、骨を埋めるつもりで業務に取り組んでいた森田だったが、会社側はその姿勢を評価することはなく、入社4年後に転職を決意することになる。

「頑張って成果を出したことが評価されないと、自分を磨くことはもちろん、
将来に希望をもつことなどできませんからね」

そんな森田が次のステージとして選んだのが、BTCだった。
2008年の入社後に配属されたECサイトの新規開発プロジェクトは、順風満帆とはいえないまでも同年4月にベータ版をリリースし、同年秋には正式運用を開始。新規開発ということでこの年の開発費は約1億円を計上していた。しかし開発後は、徐々に改修業務が減っていき、チームは年を追うごとに縮小。そのプロジェクトにおける売上も落ち込んでいった。

森田はそれまで“顧客満足を追求する仕事”というよりも“ミスのない期待値通りの仕事”を意識していたという。しかし、状況を変えるには新しいことに取り組む必要がある。そこで「多少リスクがあっても経験のなかった分野にも踏み込んでいこう。今まで以上にクライアントのビジネスに貢献できるように積極的に働きかけていこう」と仕事のスタンス・方向性を改めた。

「前職と違ったのは、新しい挑戦に対して会社が前向きだったということです。もちろんリスクもありますが、細かいことを言わずに、ただ任せてくれた。その器の大きさが自分を育ててくれたのだと思います」
ちょうどこの時、クライアント側でも別の問題が浮上してきていた。それまでクライアントのユーザーは電話やFAXを利用するケースも多かったのが、サイトがオープンすると徐々にユーザーはWeb利用へとシフト。社内業務的にもECサイトと、社内業務管理システムとの相互連携の重要性が増していった。タイミングよく、森田の提案のチャンスがやってきたのである。

しかし、簡単にはいかなかった。システム開発を担当した会社はドキュメントを残していないという事実が発覚したのだ。自社内で開発メンバー全員を招集して、一つひとつの課題を共有して、クリアしていった。これまでにない“動き”のなかで、視野を広げ飛躍的に成長していく。そして時と共に、成果は着実に実を結んでいき、プロジェクト規模を拡大していくのである。

森田に改めてプロジェクトの成功要因を聞くと、躊躇なくこう話してくれた。
「いいメンバーに巡り会えたことが大きいですね。自分の場合“人に任せること”があまり得意ではなかったのですが、このメンバーだからできたのだと思います。上司も、やりたいと思ったことをやらせてくれる。結果はしっかりと評価してくれる。行き詰まったときには、相談をして立て直してもらうこともありましたが、何度でも挑戦させてくれましたから」

現在ではBTCのなかでもトップクラスの売上を誇り、今もなお成長を続けている。何かを変えようとする意志があれば、何でも変えていける。森田は自らの行動力でそのことを実体験したのだ。
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