AIによる最新の画像データ匿名化技術

<キーワード>
AI 匿名化 顔写真 個人情報保護 画像

<概要>
近年は画像処理の技術が向上したことから、顔写真データの利活用が進んでいます。しかし、このような個人情報の保護はまだ十分に行われているとは言えません。そのため、画像データの保護に関してはAIの分野を中心に様々な匿名化技術が提案されています。
本記事では、AIによる最新の匿名化技術「Face Identity Transformer」を紹介し、Face Identity Transformerを用いた動画・画像データの保護方法を提案します。

なお、本記事の前に、個人情報保護の基礎についてお伝えした記事はこちらです。
個人情報保護の現状を振り返った上で、今後特に注目すべき対象は顔の写った動画・画像データであることを述べています。

<POINT>
①AIによる新技術「Face Identity Transformer」を用いた動画・画像データ保護の提案
②匿名化はしたいけど、ぼかし・モザイク等を入れたくない場合はFace Identity Transformerが有効

<目次>
・はじめに
・AIによる新技術「Face Identity Transformer」を用いた動画・画像データ保護の提案
・類似技術、類似サービス
・終わりに
・参考文献

はじめに

前回の記事では、特に注目すべき個人情報保護対象は顔の写った動画・画像データであることを述べました。では、今後それらのデータを保護するにあたって、どのような技術が実用化されていくのでしょうか?
現在、顔の写ったデータの保護に関して数多くの技術が提案されているのが、AIの分野です。そこで今回は、AIを使った最新の動画・画像匿名化技術『Face Identity Transformer』について紹介します。

AIによる新技術「Face Identity Transformer」を用いた動画・画像データ保護の提案

それでは、AIを用いた最新の匿名化技術『Face Identity Transformer』について、論文を参照しながら仕組みを見ていきましょう。

Face Identity Transformerは、Xiuye Guらによる「Password-conditioned Anonymization and Deanonymization with Face Identity Transformers」という論文の中で提案され、 ECCV2020で受理された新しい技術になります。(参考文献[2])

仕組み

仕組みとしては、次のとおりです。

①入力されたパスワード自体を使い、AIが顔写真データをベースに別人の顔画像を生成します(匿名化)。
②データ保管時はこの別人の画像の状態が維持され、正しいパスワードが入力された場合のみ本人の顔写真を復元します。
③間違ったパスワードが入力された場合には、さらに別人の顔画像をAIが生成することで、正しく復元できたかのように見せかけます。

Face Identity Transformer概略図(同論文 Fig. 1より引用)

匿名化と復号化は同じモデルで行われるため、学習済モデルに適切な画像とパスワードさえ与えれば、匿名復号どちらの操作も可能です。

論文中では、別人の顔写真は性別、年齢など幅広く生成することができることが示されています。

Face Identity Transformer様々な対象への適用結果(同論文Fig. 5より引用)

また、動画においても同様の匿名化処理が可能であることが示されています。

こちらは、約10分にわたる論文のプレゼン動画です。プレゼンの8:43~では、Face Identity Transformerによって生成された動画のデモを見ることができます。

Password-conditioned Anonymization and Deanonymization with Face Identity Transformers. Long video.

これらの技術は、GAN(Generative Adversarial Network:敵対的生成ネットワーク)と呼ばれる一種のAIと、より人間らしい顔画像を生成するための様々な調整を導入することで実現されています。

Face Identity Transformerのポイントは、可逆性を維持しつつ個人情報の保護もできる点です。学習済みモデルは、パスワード自体を用いた匿名化と復元で可逆性を担保しつつ、一連の過程で必ず何らかの顔画像を生成します。

そのため、正しいパスワードを持たないハッカーにとっては、画像が匿名化されていることに気づけないか、仮に復元しようとしても本物の画像かどうか判断がつかないという性質を持ちます。一方、正しいパスワードを持った復元者は、当然正しい画像を復元できます。所持しているパスワードで正しい本人画像を復号できること自体が、自身の正当性を証明することになるのです。

実用化に向けた提案

Face Identity Transformerを実用化する上で一番単純な方法が、現在企業に保管されているユーザーの顔写真の匿名化です。

具体的には、企業側はFace Identity Transformerによって生成された「匿名化画像」のみをデータベースに保管し、パスワードをユーザー側に保管してもらいます。匿名化画像は、正しいパスワードを用いれば可逆性があるため適切に復号ができます。

企業側の画像データの可用性は落ちますが、普段ユーザーの顔写真を本人確認のために保存し、復号時にはユーザーへ復号を要求できるのであれば、非常に有効です。企業側は「匿名化画像」のみを保管するだけでよくなる上、ユーザー主体で個人情報を管理する体制を実現できるため、個人情報保護の観点からは理想的な状態となります。

ただしこのような要件の場合、基本的には既存の技術で代替可能なため、Face Identity Transformerとしては別の方向性でも有効活用を検討したいところです。

例えば、匿名化はしたいけど、ぼかし・モザイク等を入れたくない場合はFace Identity Transformerが有効になります。

同窓会やサークルの紹介、イベントの様子の発信などの目的でネットに写真をアップするケースは非常に多いです。SNSで活動の様子を見たのをきっかけに、新たな団体やイベントに興味を持つことも多いでしょう。そのため、外部に活動の様子を配信し、集客や新規会員獲得につなげたいという需要は大いにあります。
しかし、そういった写真には個人を十分特定できる顔写真が含まれていることが多く、プライバシーの侵害で訴えられるなど、しばしば問題が発生しています。

このような場合、顔写真の匿名化のために手当り次第にぼかしやモザイクを入れてしまうと、活動の様子が伝わらなかったり、参加者の表情からイベントの雰囲気を察したりすることが難しくなってしまいます。

そこで、Face Identity Transformerが役立ちます。

Face Identity Transformerは全く別人の顔を生成することで匿名化でき、かつ必要があれば復元も可能です。
そのため、顔部分にモザイクやぼかしがない”きれいな”動画、画像を公開し、許可されたユーザーにのみ正しい復元画像を表示させることができるようになるのです。

ただし、正しい復元画像を表示させる際にはパスワードが必要です。自分以外のユーザーにも正しい復元を許可する場合は、どのようにすればいいでしょうか?

現実的な解決策としては、OAuthを用いた権限の認可を行うことが考えられます。

OAuthとは、認可を行う際の技術標準や仕組みのことです。ユーザーの許可を得た認可サーバー(権限の認可を行うサーバー)から他のアプリや他のユーザーへトークンを発行することで、必要以上の情報を渡すことなく権限を付与できます。

この場合は、復元操作に関する期限付きトークンを発行する認可サーバーと、パスワードを用いた画像復元を行う復元用サーバーを用意します。自分以外の他者に復元操作を許可する場合は、認可サーバーから期限付きのトークンを与え、そのトークンを用いて復元用サーバーに画像復元を依頼できるようにしておきます。結果、他ユーザーへのパスワードの共有をせずに、正しい復元画像を表示することができるのです。

また、Face Identity Transformerの活躍の場は、他にも想像できそうです。例えば、動画を中心としたサービスにも変化をもたらすかもしれません。

最近は、顔出しをせず声だけに特化した配信プラットフォームや、バーチャルキャラクターを使った配信サービスなどもあり、ネット配信における匿名化への需要は高いと考えられます。もし、今回のFace Identity Transformerを使えば、動画配信でも許可されていないユーザーには匿名化された映像を流しつつ、表情は読み取れる状態を維持するといった仕組みも実現できそうです。

また、現在急激に加速する「オンライン化」によって、ZoomやTeamsなどを用いたビデオ通話が注目されています。今後はこれらのツールを使ってオンライン上での催し物も増えてくるでしょう。その際は不特定多数の他者とビデオ通話をすることになりますが、Face Identity Transformerを使って、同様の匿名化機能を実現できそうです。

そして、万が一の事態における有用性も見逃せません。いずれの実用例においても、不正アクセス時に、ハッカーに匿名化された画像と気づかれない仕組みは非常に有効です。また、仮に復元しようとしても別人の画像が生成される可能性があることは、非常に厄介でしょう。

最近のクラウド化、リモートワークの促進により、あらゆる場所からのアクセスに対して、適切にユーザーの認証・認可を行うことが求められています。そのため、米国の調査会社によって提唱された、社内外からの任意のアクセスを信用しない前提でセキュリティを構築する『ゼロトラスト』という概念が注目されています。
Face Identity Transformerのハッカーを欺く性質は、そのような前提でのアクセスに対するセキュリティとしても役立つことが考えられます。まさに、「ゼロトラストセキュリティ時代」の技術でもあると言えるでしょう。

実用化における課題

ただし、実用化においては課題もあります。一例をあげると、この技術で生成される別人の顔には、稀に機械による生成の痕跡が残ってしまうことです。

先程紹介したFace Identity Transformerに関するこちらのプレゼン動画の8分43秒以降を御覧ください。実際に匿名化、復元された動画のデモを見ることができますが、一部不自然な点が見受けられます。

この問題に関しては技術の進歩を待つしかありませんが、一般的な画像生成AIにおいても自然な画像を生成するための議論は行われているため、今後の改善に期待できそうです。

類似技術、類似サービス

今回は顔写真の匿名化処理に関連する「Face Identity transformer」を紹介しましたが、既存のサービスにも有用なものがあります。

例えば、凸版印刷は、人間の目には識別可能だが機械には認識できない程度にマスキングするサービスや、シンプルにぼかしを入れるサービスを展開しています。(参考文献[5])

他にも、医療分野における画像の匿名化は、個人情報保護の点と、研究への二次利用の点から非常に重要です。株式会社ENTORRESでは、医療画像の匿名化サービスが提供されています。(参考文献[6])

このように顔写真の保護においては、今回紹介した新技術以外にも様々な手段があります。実際にサービスとして運用されているものもあり、個人情報保護においては有用な方法です。個人情報保護の分野に限った話ではありませんが、常に最新技術が一番良いわけではありません。個人情報の保護という目的に対して、自身の置かれた状況に応じて適切な判断をすることが求められるでしょう。

終わりに

顔写真などのプライバシー保護に関してはEUのGDPRやカリフォルニア州のCCPAなど、近年大きな法改正の動きがあります。日本でも2020年に改正個人情報保護法が成立しています。

法改正による厳罰化に伴い、顔写真データなどの個人情報はできるだけ企業が持たないようにするという考え方もあります。しかし、実際問題としては企業や公共団体側が顔写真データを始めとする個人情報を保管せざるを得ないでしょう。
今後も、個人情報の保護と利活用の両立ができる技術は必須です。

BTCでは、最新の技術をいち早くキャッチアップし、お客様のビジネスに繋げられるよう日々様々な取り組みをしています。コンサルティング・テクノロジー双方に精通するプロフェッショナル集団として、皆様のお役に立てる日を心待ちにしております。

参考文献

[1]AI-SCHOLAR 「パスワードで顔の匿名化と復元、プライバシーとアクセシビリティを両立する新しいFace Identity Transformer」

[2]Xiuye Guら 「Password-conditioned Anonymization and Deanonymization with Face Identity Transformers」ECCV2020

[3]laoreja 「face-identity-transformer」(github)

[4]Password-conditioned Anonymization and Deanonymization with Face Identity Transformers. Long video.

[5]凸版印刷 「凸版印刷、顔画像の非識別化でプライバシー保護」

[6]株式会社ENTORRES 「医療画像を自動匿名化できるDICOMゲートウェイ」