「The Virtual AI Summit Silicon Valley 2020」参加レポート

2021.05.07

 2020年に開催された「The Virtual AI Summit Silicon Valley 2020」の参加レポートです。BTCでは、AIビジネスにおける最新の国際動向を把握するため国際会議も情報収集の場として活用しており、「The Virtual AI Summit Silicon Valley 2020」には最も規模の大きなAI関連国際会議として参加してきました。
 今回はふりかえりとして、イベントの概要と全体を通して印象的だった点を簡単にまとめつつ、いくつかのトラックの内容を深堀りしていきます!

 


1. イベントの概要

 「The Virtual AI Summit Silicon Valley 2020」は、The AI Summitシリーズの1つとして2020年9月31日~10月1日に開催されました。名前のとおりバーチャルイベントとしてオンラインで開催されたもので、9つのトラックに分類される計155のセッションを設け、The Quantum AI Summitも併催された大規模イベントです。The AI Summitシリーズは2015年から継続的に開催されているもので、多くのスポンサー企業に支えられ、2020年にはシリコンバレーの他、ロンドン及びシンガポールでも開催されています。
 このイベントの単に大規模である以上の特徴として、スポンサー企業の多様性がセッションの多様性によく反映されている点が挙げられます。インダストリーカット/テクノロジーカット/ソリューションカットそれぞれのトラックがバランスよく設けられ、内容としても、スポンサー企業のサービス/プロダクト紹介の他、各種事例紹介やビジネス動向の解説、有識者による対談、また業界全体の10年単位におけるロードマップを示した牽引的情報発信まで多岐に渡ります。この多様性によって、AIビジネスの最新動向を公平な視点で把握できる貴重なイベントでもありました。
上の表に記載した「量子機械学習」について、このようなトラックは正式にはなかったのですが、「The Virtual AI Summit Silicon Valley 2020」と併催された「The Quantum Computing Summit」に量子アルゴリズムによる機械学習のセッションがあったため、これに該当するトラックとして本記事で独自に付け加えてあります。
 もう1つの特徴として、参加者向けのWebサイトにはネットワーキングを支援するミーティングのスケジュール機能が備わっていたことが挙げられます。このミーティングスケジュール機能により、バーチャルイベントであることの不利を補って余りある利点がありました。筆者もこの機能を利用しましたが、ミーティング相手としても商談前提といった姿勢ではなく、非常にオープンな雰囲気でネットワーキングを楽しむことができました。

 


2. 特に印象的だった点

 インダストリーカットのトラックで特に印象的だった点は、金融業界/ヘルスケア業界をはじめ、AI-Firstのスローガンの下に業界内のありとあらゆるドメインにAIを活用する動きが広まってきていることです。
 AI-FirstはもともとGoogleの成長戦略で、あらゆるプロダクトにAIを組み込むことを目指し、そのためのデータ/アルゴリズム/人材等に積極的に投資していくことを指していました。一方、このイベントのセッションではもう少し広義の意味合いで、AIビジネスにおける立場としてAI-Firstを説明していました。AI-Firstなビジネスでは、サービスの一部にAIを組み込むのではなく、人とAIのインタラクションを中心にサービスを構成する逆転の発想に立脚します。そのプロセスは、多くのステークホルダーに関与し組織文化の変革するDXとしての開発推進であり、これにより単なる自動化に止まらないAIによるイノベーションを加速させようというわけです。
 2020年にはいくつかのAI関連用語がガートナーのハイプサイクルで幻滅期に突入しましたが、AIに立脚したDXとでも言うべきAI-Firstの思想は、AIビジネスの啓蒙活動期に向けたスローガンとして掲げるのに相応しいものと言えるでしょう。
また、ビッグデータの活用が強く主張されてきた金融業界/ヘルスケア業界からこうした動き広まってきていることには1つの納得感がありあす。今後、他の業界にもAI-Firstの考え方が一歩遅れて浸透していくことでしょう。3節では、特にヘルスケア業界におけるAI-Firstの取り組みについて、深堀していきます。
 一方、テクノロジーカットのトラックで特に印象的だった点は、AIOpsが単独のトラックとして取り上げられていたことです。AIOpsという用語自体は2017年頃から徐々に浸透してきてはおり、2020年に入って導入事例も増えてはいたものの、Implentや最適化などの他のトラックと比較すると領域としての成熟の度合いが低いように思われたため、単独のトラックとして扱われていることにはじめは違和感があったことを覚えています。一方、実際にAIOpsトラックのセッションを一通り聞いてみた結果、単独のトラックとしてスポットを当てられていることに強い納得感を得ることができました。
 AIOpsというと、IT運用のツールのように捉えてしまいがちですが、広義にはBizOps、DevOps、ITOps、CloudOpsに渡るビジネス運用の全体像において各所にAIを取り入れる動きを指します。こうした広義の捉え方では、AIOpsはビジネスのあり方を大きく変えるダイナミックな取り組みであり、上述のAI-Firstと同じく、AIビジネスの啓蒙活動期に向けたスローガンとして掲げるのに相応しいものです。4節では、各ベンダーのAIOpsへの取り組みについて、深堀りしていきます。
 最後にテクノロジーカットでもう1点、「The Virtual AI Summit Silicon Valley 2020」と併催された「The Quantum Computing Summit」にもAI/機械学習に関するセッションが含まれており、新しい研究/開発の方向性として注目に値するものでした。この点については5節で深堀りします。

 


3. AI-First

 2節にも記載したとおり、AI-Firstは、人とAIのインタラクションを中心にサービスを構成する逆転の発想を示すスローガンとして用いるれるようになってきています。AI-Firstというキャッチーな響きから「バズワードでは?」と疑問に思う人もいるのではないでしょうか。しかし本イベントでは、実際にAI-Firstの思想に基づく近年のビジネストレンドが説得力のある形で紹介されました。

 

【Change Healthcare社のセッション】
 Change Healthcare社のLuyuan Fang氏による「The AI-First Healthcare Journey」では、同社によるAI-Firstの取り組みが紹介されました。同社は米国における最大のヘルスケアネットワークを提供しており、AI-First思想の適用による自社プラットフォームの進化を試みています。
Fang氏はAI-Firstによる改善事例を下記2点に大別して紹介しました。
    ■ コストカット事例
    ■ より優れたサービスの実現事例
筆者の第一印象として、前者は退屈な自動化事例かとも勘ぐっていましたが、実態はまったく異なり前者及び後者共に、非常にクリエイティブな事例が含まれています。
 前者の事例としては例えばクレーム管理への適用事例が挙げられました。具体的には、過去のクレームからインサイトとして根本問題の特定する仕組みを構築し、実に2.7兆ドルものコスト削減に成功したというインパクトのある事例です。コストカットの数字自体もインパクトがありますが、注目すべき点はその仕組みにあります。つまり、根本問題の特定というまさにintelligenceの求められるサービスにAIを適用しており、そして、AIによる根本原因の特定を受けた専門チームによるカイゼン活動でコストカットが実現されている点で、まさにAIと人のインタラクションが価値を生み出していると言えます。

 

【AI-Firstのまとめ】
 AI-Firstが単なるスローガンではなく、実際にAI-First駆動により価値が創出されていることがおわかりいただけたかと思います。Change Healthcare社というプラットフォーマーの事例を紹介したため、いずれも大規模な事例が中心となりましたが、AI-First駆動のサービス再構築によるイノベーションには今後大いに期待できるのではないでしょうか。

 


4. AIOps

 AIOpsへの取り組み新しいものではありません。IT運用を支える新たな基盤として、2010年代の中頃には先駆的な開発がはじまり、2017年には早期導入の事例が見られるようになりました。はじめに、早期からAIOpsの自社開発に取り組んできたOrange社のセッションを紹介しましょう。

 

【Orange社のセッション】
 ヨーロッパでモバイルサービスを展開するOrange社のセッション「Feedback From Our AIOps Journey – Reducing MTTR Through AIOps Means More Than Deploying a Project」では、同社AIOps開発をリードしてきたVincent Terrier氏が先駆的開発と早期導入の経験を紹介してくれました。
 Orange社がAIOpsの開発を開始した当時、同社はモバイルサービスを展開する中でそれまでに保有したことのない大規模データを保有するようになり、従来手法によるデータ分析に限界が見えはじめたことから、大規模データを有効に分析するための新たな仕組みとしてAIOpsの自社開発を決めたとのことです。Orange社ははじめに、AIOps開発を推進する上での指針を定めました。
    ■ 可能な限り多くのユースケースに適用できる汎用性を担保すること。
    ■ 使いやすく容易に導入できる利便性を担保すること。
    ■ 根底にある原理を広範なAI知識なしで理解できるようにすること。
    ■ 他の取り組みへと発展していけるはじめの一歩とすること。
同社はこの4つの指針に従い、いくつかの機能を段階的に開発したと言います。
    ■ 時系列異常検知
      ◇ 同社がはじめに開発した機能は時系列異常検知でした。
      ◇ ログの分析をはじめ非常に汎用的な技術であり、
        APIの裏で動作する純粋なバックエンド機能であることから、
        はじめに開発するのに適しているだろうとの判断です。
    ■ 異常イベントの関連付け機能
      ◇ 次に開発したのは時系列異常検知により検知した
        異常イベントの関連付け機能でした。
      ◇ 関連付け機能は、いくつかの処理フェーズから成り立ちます。
        ー 異常イベントの分類器を作成:
          検知した異常イベントをクラスタリングし、
          クラスタへのラベル付けを手動で実施した上で、
          分類器に教師付き学習を適用する。
        ー 異常イベント検知後のワークフローを統合:
          異常イベントの分類器を用いることで、
          異常イベントが検知された際、後続処理を実行。
          自動リカバリかエラー通知のいずれか。
      ◇ Terrier氏は、異常イベントの関連付け機能に関わって、
        可能な限り、教師付き学習よりも教師なし学習や半教師付き学習を
        用いるべきであることにも言及していました。
    ■ 根本原因解析
      ◇ 最後に開発されたのが根本原因の解析器です。
      ◇ 正常時のログと異常時の一連のログをクラスタリングすることで、
        異常の発生パターンそれぞれに固有の特徴を見つけ出すとのことです。
 Orange社のAIOps機能は現在、Webページの監視、ネットワーク復旧時間の短縮、ECサイトにおけるお買い物かごの異常検知など多様なサービスに組み込まれ、同社のビジネスを強力にサポートしています。Terrier氏はセッションのまとめにおいて、AIOpsの導入をプロジェクトではなくジャーニーと理解することや文化の変革を模索することが大切であることを強調しました。

 

【AISERA社のセッション】
 Orange社のセッションは、ビジネスの変革を伴うAIOpsの導入のダイナミックな側面を浮き彫りにした、大変興味深いものです。一方、早期導入の時期を経て、AIOpsのエコシステムが現在どれほど成熟しているのかを見通しよく示してくれたのはAiSERAのMuddu Sudhakar氏によるセッションでした。同社のセッション「DevOps Needs the Intelligence & Automation that only AIOPs can provide」では、AIOpsのビジネス価値とこれを実現する仕組み、さらにその仕組みを支えるエコシステムの概観が示されました。
 Sudhakar氏ははじめに、AIOpsのビジネス価値を下記3点として説明しました。
    ■ 新たなビジネスモデルを可能とすること。
    ■ ビジネスの可用性を高めること。
    ■ エンタープライズオペレーションを自動化すること。
これらのビジネス価値を実現する仕組みとして言及されたのが下記2点です。
    ■ BizOps/ITOps/DevOps/CloudOpsでサイロ化されたデータを統合すること。
    ■ 統合されたデータを基に、AIによる「3つのP(Proactive/Predictive/Prescriptive)」でアプローチすること。
 ESM(Enterprise Service Management)におけるデータのサイロ化は多くの企業で共有された問題意識です。このサイロ化を解消しデータを統合することはごく自然な発想でしょう。しかしデータ統合により得られた膨大なデータを活用する段階では、多くの企業がOrange社が過去に経験したものとまさに同じ問題を抱えることになります。この問題を解消する有効な手立てとしてSudhakar氏が言及したのが、AIの実現する「3つのP」です。
 さらに、AIOpsエコシステムの技術スタックが、BizOps/ITOps/DevOps/CloudOpsに渡るデータ統合と、統合されたデータに基づくAIの「3つのP」を支えます(画像出典: Gartner Research「Market Guide for AIOps Platforms」)。
Figure 1 - Gartner's AIOps landscape.
これらの技術スタックをマルチクラウド/ハイブリッドクラウドの環境にデプロイできることがAISERAの強力なアドバンテージとされています。またSudhakar氏は、OSSを含むこれらのエコシステム資産を活用することの重要性に触れ、各企業が独自のAIOpsソリューションを開発するのではなく、既成のプロダクトの導入が有効になってきているとしました。

 

【AIOpsまとめ】
 様々なAI技術領域でも比較的新しいAIOpsですが、先駆的開発の成果により既に多くの知見が蓄積されており、豊かなエコシステムが形成されつつあります。早期導入の期間を過ぎ、AIOpsが広く活用される時代が到来していることをお伝えできていれば幸いです。

 


5. 量子機械学習

 昨今、様々な方式による量子計算機が複数のクラウドプラットフォームで提供されるようになり、量子計算はずいぶん身近な技術になりました。しかし最適化問題への適用などで多くの早期導入事例が報告される一方で、各業界での固有の取り組みがどれほど進んでいるかや、長く期待されている「AI×量子計算」の掛け合わせによるイノベーションがどれほど現実的になってきているかなど、全体像としては把握できていないという方も多いのではないでしょうか。

 

【OMDIA社のセッション】
 OMDIA社のKeith Kirkpatrick氏によるセッション「State Of The Quantum Union I What is the status of the quantum market?」では、量子計算のいまを簡明にまとめたレポートと、今後15年を見据えたロードマップが示されました(以下の画像はIBMのロードマップ。Kirkpatrick氏の解説と概ね符合する)。
Kirkpatrick氏によると、エンタープライズにおける適用の現状としてはやはり基礎的な最適化問題への応用が実現されている段階であり、より発展的な問題は研究段階とのことです。ただし研究段階であれ、一部業界での応用研究は目覚ましく発展しています。中でも先駆的な応用分野として、例えば以下が挙げられていました。
    ■ 化学業界での材料開発等への応用
    ■ 製薬業界でのシミュレーションへの応用
    ■ 医療業界における疫学的応用
    ■ 金融業界におけるポートフォーリオ最適化への応用
 これらの応用は、3年後~10年後の期間にエンタープライズで適用されていくことが期待されているそうです。またこれらの応用に後続するさらに発展的な応用として、ネットワーク最適化や機械学習への応用が挙げられており、これらは8年後~15年後の期間にエンタープライズで適用されていくことが期待されているとのことでした。
 またKirkpatrick氏は、上記のロードマップを実現に向けて開発を進める主要なプレイヤーとしてIBM、D Wave、Honeywell、Google、Microsoftに言及しており、これらの企業による学術研究と並行した先駆的開発が今後の量子計算の発展を支えるとしています。

 

【Standard Chartered Bank社のセッション】
 わずか3年後にはエンタープライズへの適用が開始されるという化学業界/製薬業界/医療業界/金融業界での量子計算の応用研究も大変興味深くはありますが、AIの文脈で気になるのは、やはり機械学習への応用です。Standard Chartered Bank社のAlexei Kondratyev氏によるセッション「Quantum Machine Learning」では比較的新しい機械学習モデルであるQCBM(Quantum-Circuit Born Machine/量子回路ボルン機械)の研究、及びQCBMでモデル化されたプログラムを計算する専用ハードウェアが紹介されました。
QCBMは暗黙的確率的生成モデルの一種です。確率的生成モデルは情報源の確率分布を学習及び模倣する機械学習モデルのことで、ボルツマンマシンやGANも同じカテゴリに属すると捉えられます。中でも情報源の確率過程に明示的モデルを与える明示的確率的生成モデルと、情報減の確率過程に特別な過程を置かない暗黙的確率的生成モデルに二分され、この分類で、ボルツマンマシンは前者に、GANは後者に属します。
 Kondratyev氏は量子計算の基礎理論を説明した上で、量子ニューラルネットワークの学習に触れ、可微分性を仮定するもの、しないものなど複数の学習アルゴリズムを紹介、さらに量子回路で構成された機械学習モデルの例としてQCBMに言及しました。QCBMの特性としては、RBM(Restricted Boltzman Machine/制約付きボルツマン機械)との比較において確率過程の表現力にQCBMの優位性があるとされています。量子機械学習の文脈における量子計算は、単に「最適化問題が速く解ける計算技術」という表面的な特性を超え、量子計算固有の深い特性を応用したモデルにより、まったく新たなAIの可能性を切り開きつつあるのです。
 その後、Kondratyev氏はQCBMを計算する専用ハードウェアが急速に発展していることに触れ、量子回路の性能が近年劇的に向上していることが示されました。

 

【量子機械学習まとめ】
 量子計算技術に関するニュースを目にしても、「AI×量子計算」のイノベーションなどはまだまだ先のこと、と捉えている方も多かったのではないでしょうか。
 事実、量子機械学習のエンタープライズへの適用はしばらく先のことと考えられてはいますが、萌芽的研究は既に台頭しはじめています。そして3年後以降、化学業界/製薬業界/医療業界/金融業界への量子計算技術のエンタープライズの応用が推進される中で、量子計算はわたしたちにとってずっと身近な存在となり、「AI×量子計算」で実現される未来もいよいよ現実的なものとなっていくことでしょう。
 いくつかの先進的企業は「AI×量子計算」にも非常に高い熱量をもって取り組んでいます。その臨場感の一端だけでもお伝えできていればうれしく思います。

 


6. まとめ

 いかがだったでしょうか。ここまで、AI-First、AIOps、量子機械学習と、筆者の印象に強く残ったトピック3点を中心にセッションの内容をかいつまんで要約してきました。
 「The Virtual AI Summit Silicon Valley 2020」では、この他にも多くの注目すべきトピックが語られ、そのいずれもが当てられるほどの熱量にあふれていました。多様性に富むセッションの数々から「AIの今」をフラットに知ることのできる貴重なイベントとして、後続の「The Virtual AI Summit Silicon Valley 2021」にも期待が高まります。
 BTCでは今後もAI技術の最先端の情報をお届けして参りますので、ぜひまたお目通しください。