シリコンバレー通信 – 2021年5月版- ポストサブスクリプション PLG

バビロンの商人は「お金がお金を生む仕組みを考える」といわれているが、 PLG(Product-Led Growth)は「プロダクトがプロダクトを売る」というポストサブスクリプションの戦略である。

Zoomの成功はPLGによるものである。Zoomのマーケティングは、わずか$50,000ドルの看板広告をルート101(シリコンバレーの中心を横断するフリーウェイ)に一枚出しただけだった(The 3 Secrets Behind Zoom’s Triple-Digit Growth:https://www.drift.com/blog/how-zoom-grew/ )

この広告を見て、シリコンバレーの感度の高いアリーアダプターがZoomをトライアル。ミーティングのためにZoomリンクを送ることで登録者数が増加。初回の利用で「通話品質の高さ」、「通話までの簡単さ」を実感し、継続利用。

その後、無料版の40分(最も効率の良い会議時間が45分であるとのデータから無料版を40分に設定)では時間が足りないとプレミアムプランへとアップグレード。プロダクトが広まった後にエンタープライズ版をローンチ。これがZoomのPLGである。これで驚異的な成長を成し遂げたのである。

ここでは、この「プロダクトがプロダクトを売る」 PLG(Product-Led Growth)について概説し、PLG戦略を進めるためのMOATフレームワーク、最後に PLGを採用するにあたってのチェックリストを挙げる。

「プロダクトがプロダクトを売る」 PLGとは

PRODUCT_LED_GROWTH_INDEX

図1: PLGインデックス(PRODUCT LED GROWTH INDEX:https://openviewpartners.com/product-led-growth-index/)

従来のサブスクリプションの戦略は、 SLG(Sales-Led Growth)、つまり、「セールスがプロダクトを売る」であった。セールスフォース・ドットコムに代表されるSLGでは、セールスによる地道なユーザの啓蒙活動によってマーケットを拡大する。

一方、Zoom、Slack、Shopifyといった企業が選択しているのが、PLGである。

図1に示すようにPLG企業の企業価値(Enterprise Value)は$11,448と従来型である SLG企業(Saas)の$5,171に比べて二倍以上高く評価されている。

まず、ここでは比較のために従来の戦略であるSLGの販売プロセスを以下に示す。

  • マーケティングが、リードを生成
  • インサイドセールスが、リードを商談化
  • フィールドセールスが、受注
  • エンドユーザが、契約締結後にプロダクトを使用開始
  • カスタマサクセスが、エンドユーザの定着化を支援

SLGでは、営業のカウンターパートは意思決定者層が多く、実際にプロダクトを利用するエンドユーザとは異なる。そのため、契約後に初めてプロダクトに触れるエンドユーザも少ない。

こうしたトップダウンセールスによるSLGは、以下のようなプロダクトに適した戦略である。

  • プロダクト活用パターンが多く、個別の提案が必要
  • 新しいマーケットではユーザの啓蒙が必要
  • ニッチなセグメントで、セールスが全潜在顧客に直接アプローチできる
  • 顧客単価が高く、導入の意思決定に役員クラスの決裁が必要

一方、PLGでは、まずプロダクトを無料で開放し、エンドユーザに実際に触れてもらい、その価値を感じてもらったユーザを有料版へと誘導する。

つまり、プロダクトをいち早くエンドユーザに届け、その価値をできるだけ早く感じてもらうことが重要である。このプロセスにおいて営業は商談というよりもカスタマサクセスとして、サインアップユーザに対して適切なタイミングで有料版への切替を促す。

ここで重要なことは、ユーザが有料版に切り替えるまでの間に、人手を介すことがないようにしておくことである。

エンドユーザがプロダクトに価値を感じ、自発的に有料版へと切り替えるようなプロダクト設計をすることがPLGの要である。これが、PLGの「プロダクトがプロダクトを売る」という戦略である。PLGでは、属人的な営業を介さずともプロダクト自体の力で広まっていく。

MOATフレームワーク

前述のように、「プロダクトがプロダクトの価値を伝える」PLGと「セールスがプロダクト価値を伝える」SLGとでは、販売戦略が異なる。このため、どちらの戦略が自社プロダクトに適しているかは、プロダクトの特性、競争環境に応じて選択する必要がある。

ここでは、PLGノウハウの体系化したWes Bushの”PRODUCT LED GROWTH”で述べられているPLG選択のためのフレームワーク”MOAT”を紹介する。

MOATフレームワークとは、以下の頭文字を並べた言葉である。

  • Market strategy(市場戦略)
  • Ocean conditions (市場環境)
  • Audience(意思決定者)
  • Time-to-value(プロダクト理解までの時間)

これらの視点でプロダクトを整理することで、PLGが最適な戦略であるかどうかを判断できる。

以降、MOATフレームワークについて詳述する。

■市場戦略 (Market strategy)

企業の市場戦略は、プロダクト価格、プロダクト優位性の観点から、差別化戦略、ドミナント戦略、ディスラプティブ戦略、およびビジネスの対象外の四種類に分類できる。この中でも、PLGに適しているのは、ドミナント戦略、ディスラプティブ戦略である。

■差別化戦略

差別化戦略とは、「既存サービスよりも高価格で、特定ニーズにより特化したプロダクト」が取るべき戦略である。この戦略に適したプロダクトは、先行プレーヤーのプロダクトが最大公約数を目指した結果生まれた隙間に対して、ピンポイントで刺したプロダクト、例えば、Salesforceといった汎用的なCRMに対して不動産業界特化型CRMなどである。

この戦略に適したプロダクトの要は、競合よりどれだけピンポイントのペインに深く刺せているかであり、マーケット規模は小さくてもその分高単価で、きめ細かいソリューションで競合との差別化を行う。

差別化戦略は、以下の点でトップダウンセールスによるSLGの方がPLGより適している。

-ソリューションが細分化されているため、営業提案の際に業務フローの丁寧なヒアリングが必要

-プロダクト理解までに時間がかかる

-単価が高く導入意思決定がエンドユーザのみでできない

-ニッチなマーケットを狙うため、セールスにより全潜在顧客に直接アプローチ可能

-高単価に見合うハイタッチでのオンボーディングが必要

■ドミナント戦略

ドミナント戦略とは、「既存のプレーヤーより低価格で、使い方がわかりやすく、機能が優れたプロダクト」がとるべき戦略である。例えば、ECサイト構築SaaSのShopifyは、高機能のECサイトをオンプレサービスよりも短期間で、誰でも簡単に制作でき、圧倒的安価で提供している。

ドミナント戦略を採用した競合よりも安価で、プロダクトの提供価値がシンプルで明確なサービスは、以下の点でPLGの方がSLGより適している。

-フリーミアム/フリートライアルを支える獲得可能な最大市場規模が存在する

-既存サービスへのペインが顕在化しており、リプレイスする競合ツールが明確

-プロダクトが解決する課題がエンドユーザにとって親しみやすい

-プロダクトの操作方法が直感的で、ハイタッチでのオンボーディングが不要

-競合プロダクトよりも安い

-単価が安く、エンドユーザによる導入意思決定が可能

ここでは、フリーミアムを「一部機能を制限したプロダクトを、無期限で無料開放」、フリートライアルを「すべての機能を備えたプロダクトを、期間を限定して無料開放」と定義する。

■ディスラプティブ戦略

ディスラプティブ戦略は、「低価格でプロダクトのダウングレード版を提供するプロダクト」がとるべき戦略である。例えば、Google Docsのように、使えば使うほど、自分のデータが蓄積し使いやすくなっていく。このため、期間で区切るフリートライアルよりも、機能で有料版との差をつけるフリーミアムの方がより適している。

ディスラプティブ戦略を採用した、既存のプロダクトがオーバースペックな領域で、よりシンプルな操作性を提供している製品は、以下の点でPLGの方がSLGより適している。

-リプレイスする競合ツールが明確

-プロダクトの操作が単純で、エンドユーザが価値を感じやすい

-ハイタッチのオンボーディングが不要で、顧客自身が製品を理解/検討し、サービスを利用できる

-競合プロダクトより安い

-単価が安く、導入意思決定をエンドユーザが決められる

■市場環境(Ocean conditions)

市場環境とは、 INSEAD大学のW・チャン・キム とレネ・モボルニュの「ブルーオーシャン」、「レッドオーシャン」のことである。ブルーオーシャン、つまり市場としての成熟度は低いが成長可能性のある場合、顧客の啓蒙活動が必要となり、従来通り営業が意思決定者層にプロダクトの価値を説明し、カスタマサクセスによる丁寧なオンボーディングが可能なSLGの方が相性が良い。

一方で、成熟したレッドオーシャン市場では、既存プロダクトへの限界や不満が顕在化している場合がほとんどである。このため、エンドユーザがプロダクトの解決する課題に共感しやすく、既存プロダクトへのペインも顕在化しているため、レッドオーシャンには顧客自身が製品を理解/検討し、サービスを利用できる提供形式が整っているPLGの方が相性が良い。

■意思決定者(Audiences)

サービス導入の意思決定者、つまりPLGにおいてはエンドユーザを指す。PLGの要は、「いかに早くプロダクトをエンドユーザに届け、その価値を感じてもらえるか」である。したがって、「プロダクトを無料開放ができるか」、「エンドユーザのみで意思決定可能なのか」といった点は重要である。

このため以下の点で、PLG/SLGのどちらが適しているのかを判断する。

-日常的に使うユーザ=意思決定者か
-単価は、ユーザレベルでの意思決定が可能な範囲か

-導入は、担当者が上司の相談を仰ぐ必要があるか

-カスタマイズは、個別に必要か(基幹システムとの連携など)

-個人情報など、どのレベルの情報を扱うプロダクトか

-プロダクトが解決する問題のレイヤー(業務フローレベルの話なのか、経営レベルの話なのか)

■プロダクト理解までの時間(Time-to-value)

ユーザがプロダクト価値を感じるまでの時間。この時間が速いほど、PLGに適している。逆に少しでもユーザ自らで判断できない部分、また使い方に戸惑う部分がある場合、顧客は無料サインアップのみで利用を中断してしまう可能性がある。

このため以下の点で PLG/SLGのどちらが適しているのかを判断する。

-プロダクトが解決する課題がエンドユーザにとって分かりやすいか、もしくは身近か

-エンドユーザの問題解決に至るまでのステップはシンプルか

PLG 選択のためのチェックリスト

以下はKatie Lukes(https://innovatemap.com/resource/10-questions-to-assess-your-readiness-for-product-led-growth/)がまとめたPLG選択のためのチェックリストである。

  • ブランド:ブランドは、製品を試してみたい潜在的なユーザに適切に伝わっているか。業界に適している一方で、親しみやすいか。
  • サイト: Webサイトにアクセスするユーザは、製品が解決する問題、製品の機能、および製品の目的を簡単に理解できるか。
  • 試用:見込み客が製品を試してみる方法はあるか。
  • オンボーディング:ユーザが最初に製品を導入する際にユーザがジャストインタイム方式で機能に順応するための明確で親しみやすいな方法があるか(つまり、すべての機能を一度に導入するわけではない)。
  • バリュープロップ:ユーザは、製品エクスペリエンスにおいて、重要なバリュープロポジションを簡単に理解してすぐに体験できるか。
  • 共有:ユーザが製品の成果物を共有したり、他の人を招待したりして、製品の価値を他の人と共有する方法はあるか。
  • 機能の認識:ユーザは、低価格帯であっても、製品自体のプレミアム機能の価値を簡単に確認、学習、および理解できるか。
  • アップグレード:ユーザは簡単にアップグレードできるか。
  • 価値のあるパッケージング:ユーザが製品を試した後、最も価値の高いユースケースで収益化できるようにパッケージングされているか。
  • 分析:分析を追跡して、ユーザが製品をどのように体験しているか、どの領域が最も使用され、どの領域が最も使用されていないかを理解しているか。

まとめ

「プロダクトがプロダクトを売る」 PLG(Product-Led Growth) について、従来の「セールスがプロダクトを売る」 SLG(Sales-Led Growth)と比較しながら説明し、MOATフレームワークの「プロダクトに応じた成長戦略」「競争環境」「意思決定者」「プロダクト理解までの時間」という4つの観点から、どのようなプロダクトがPLGに適しているのかについて述べ、そのチェックリストを提示した。

このチェックリストで、半数以上が該当しているならば、PLGに適している可能性があるので、PLG戦略を採用してみる価値がある。

参考文献

Wes Bush, Product-Led Growth: How to Build a Product That Sells Itself, Independently published (2019/5/1).