シリコンバレー通信2022年9月版 ポストプラットフォームとweb3.0 – プラットフォームレスの胎動 –

はじめに

テスラは自動車メーカーであり、エナジー企業でもあることは周知の事実である。このことは彼らがプラットフォーマではなく、プラットフォームレスのweb3.0に代表される自律分散社会を目指していることを意味する(すでにweb5.0も提唱されている*1)。自律分散社会には、たとえば、DeFi(Decentralized Finance)という中央管理者の存在しない分散型金融がすでにある。

1848年にカリフォルニアで起こったゴールドラッシュ以来、インターネット・バブルしかり勝者はプラットフォーマであることを歴史が物語っているので、多くの企業が次のGAFMAなりFAANGになろうとプラットフォーマを目指している。しかし、GAFMAを追いかけているうちはGAFMAに追いつけないのは自明である(もちろん、意識して二番手戦略を選択している場合は問題がない)。

2022年6月の時点で、テスラの時価総額は自動車業界では群を抜いて一位*2であるが、Meta(Facebook)を追い越したものの依然としてGAFMAの後塵を拝している。しかし、テスラはプラットフォーマではなく、プラットフォームレス社会を目指すことで、 GAFMAを超えようとしている。なお、 GAFMAのビジネスの在り方は、ドイツの哲学者マルクス・ガブリエルは「全体主義の克服*3」において「『シリコンバレーの魔女たち』を王座から退位させなくてはならない」、さらにアメリカの社会心理学者のショシャナ・ズボフは「監視資本主義*4」、ポズナー&ワイルは「ラディカル・マーケット 脱・私有財産の世紀*5」において「データ労働の不払い」と非難され、風当たりが強いことも、テスラがプラットフォームレス社会を目指す理由かもしれない。

ここでは、テスラの「テスラビッグビジョン」からテスラの目指そうとしているプラットフォームレス社会を読み解く。

テスラビッグビジョン

2016年、イーロン・マスクは、中期計画マスタープラン「テスラビッグビジョン*6」を公表した。

このテスラビッグビジョンでは、以下の四点について言及している。

  • 発電と蓄電との統合
  • 自律
  • シェアリング・エコノミー
  • 陸上輸送の主要な形態をカバーする

・発電と蓄電との統合
スーパーチャージャーを設置し、太陽光発電パネルと蓄電池も製品として販売している。さらにアプリから製品をコントロールできるようにしようとしている。つまり、テスラはエネルギーを消費するデバイスである車の側だけはなく、供給をする側にも廻り、「クリーンエネルギーエコシステム」を作ろうとしている。

・自律
完全な自動運転に必要なハードウェアを搭載し、フェイルオペレーション機能を備える自動車を提供しようとしている。つまり、自動車の特定のシステムが壊れても、自動車は安全に自動運転される「自律エコシステム」を作ろうとしている。

・シェアリング・エコノミー
完全自動運転が実現した際に、テスラオーナーは自家用車をシェアリングで貸し出すことができるようにしようとしている。

独立行政法人製品評価技術基盤機構の平成26年の調査によると乗用車の一日あたりの平均運転時間1.6時間なので、1÷24=0.067となり、稼働率は6.7%と、およそ90%以上は駐車場に駐車している*7。この無稼働な時間をシェアリングによって貸し出すことで自動車自体が移動して、稼いでくれる。
さらに自動車だけではなく、テスラから提供された太陽光発電や蓄電池の電力もアプリ経由でシェアできるようにしようとしている。
つまり、単に自動車だけのシェリングではなく、自動車の周辺をも含めた「シェアリングエコシステム」を作ろうとしている。

・陸上輸送の主要な形態をカバーする
自家用車に加えて、大型トラック(Tesla Semi)とバスの二種類の電気自動車を提供するとしている。このことによって、道路上の車両の加速とブレーキを調整し、協調運行させることができるようになるので、交通の流れをスムーズにする。つまり、「Maas(Mobility as a Service)エコシステム」を作ろうとしている。

これらから読み取れるのは以下の四つのエコシステムである。

  • クリーンテック・エコシステム
  • 自律エコシステム
  • シェアリングエコシステム
  • Maasエコシステム

・クリーンテック・エコシステム
クリーンテックというと、電力を供給する側、消費する側、それぞれの要素技術それぞれの技術革新に目が行きがちであるが、テスラはイノベーションにより消費者の行動を変え、エネルギー全体の「エコシステム」に関してのビジョンを掲げ、自らそれの構築にまい進している。

・自律エコシステム
自動車の自律(完全自動運転)は、交通事故は激減させ、交通警察を縮小させる。さらに、現在の自動車保険は、「自動車が事故を起こす」ことを前提にして設計されているので、交通事故の減少にも伴い、自動車保険に対する必要性も大きく変わる。

・シェアリングのエコシステム
シェアリングによって、必要となる自動車の数、駐車場の数は減少し、生活、社会が大きく変わる。

・Maasエコシステム
メルセデス・ベンツはCASE(Connected:コネクテッド、Autonomous:自動運転、Shared & Services:カーシェアリングとサービス、Electric:電気自動車)を実現することで、従来の自動車メーカーからMaasのプロバイダーへの変身を目指すとしていた。*8

一方、テスラは、コネクテッドカー(ICT端末としての機能を有する自動車)に自動運転を備えた電気自動車を製造販売している。他社に先駆けてRobotaxiという会社を設立し、自動運転車両によるライドシェアサービスを運営している。つまり、すでにCASEを実現し、単に複数の移動手段を提供し、各移動手段を統合的に制御して、協調運行するMaasに留まらず、前述のように自動車を用いたサービスを提供し、エネルギーも自ら確保している。

まとめ

テスラは、四つのエコシステム、クリーンテック・エコシステム、Maasエコシステム、自律エコシステム、シェアリングエコシステムを構築しょうとしていることについて述べてきた。

プラットフォーム上でエコシステムが形成され、それが発展すると経済圏となる。プラットフォームは需要と供給の単純なマッチングの場に過ぎないが、多種多彩な供給者が集まり、サプライチェーンが形成されるとエコシステムが形成される。さらに、エコシステムであらゆる需要が満たせるようになると経済圏(経済活動が一定の独立性をもって営まれる地理的範囲)となる。

自動車メーカーは従来、自動車販売会社や部品供給会社の系列化という垂直統合を進めてきたが、テスラは前述の四つのエコシステムをつなぎあわせて、新しい経済圏、つまり自分たちだけで自律できる経済圏、自律分散社会を確立するという野望が読み取れる。

また、従来の自動車メーカーは、自動車産業が生み出した周辺産業との協調を図りながらCASEに対応しているが、テスラは部品を自らの工場で製造し、車体を組み上げる。つまり、テスラは特定の末端部品をTier2(Tier1が製造する「部品の部品」を製造する二次サプライヤ)から直接受け取り、ほとんどの部品を自社内で組み上げてしまうので、Tier1(パワートレイン動力部分、サスペンション、車体部品、電装品などの一次サプライヤ)が存在しない。さらに、テスラは、カーディーラー、販売代理店を持たず、広告もせずに、自社のデジタルメディアを活用して、Webサイトから受注し、最寄りの直営店舗のテスラストアか、直営の充電ステーションで納車する。近くにテスラストアがない場合は、自宅まで配送するホームデリバリーもある。

テスラによる自動車の生産を中心としたエコシステムのつなぎ合わせの先に見える将来像は、自動車以外の製品カテゴリへの拡大、そしてより自律性の高い消費者主権型の生産プロセスである。「ポストSmartFactory*9」で述べた、PIM/R(Pan Industrial Manufacturing/Remanufacturing)という万能工場を複数でオーケストレーションする自律分散社会は、量子立脚(Quantum-oriented)のMI(Material Informatics)を中核技術とした上述の将来像の実現に他ならない。

注釈

※以下外部サイトとなります。

*1:WEB5: AN EXTRA DECENTRALIZED WEB PLATFORM
TBD projects「WEB5」
https://developer.tbd.website/projects/web5/

*2:世界時価総額ランキング
180.co.jp 「世界投資」
https://www.180.co.jp/world_etf_adr/adr/ranking/2022/06.htm

*3:マルクス・ガブリエル.、全体主義の克服:集英社,、2020/8/17

*4:ショシャナ・ズボフ、.監視資本主義―人類の未来を賭けた闘い:東洋経済新報社、,2021/6/25

*5:エリック・A・ポズナー.、ラディカル・マーケット 脱・私有財産の世紀:公正な社会への資本主義と民主主義改革:東洋経済新報社,、2019/12/20

*6:テスラビッグビジョン
TESLA Blog「Master Plan, Part Deux」、2016/7/20
http://www.tesla.com/blog/master-plan-part-deux

正確にはマスタープランは2006年にも公表されている。2006年のマスタープランでは、「炭化水素経済から太陽電池経済への移行を促進する」ためにテスラは存在すると述べ、化石燃料利用による経済から脱却するためにEVを製造しているとテスラの存在意義を定義している。
TESLA Blog「The Secret Tesla Motors Master Plan (just between you and me)」2006/8/2
https://www.tesla.com/blog/secret-tesla-motors-master-plan-just-between-you-and-me

*7:独立行政法人製品評価技術基盤機構「室内暴露にかかわる生活・行動パターン情報」4.1.自動車の運転時間(平成26年の調査)
https://www.nite.go.jp/chem/risk/exp_4_1.pdf

*8:メルセデス・ベンツのCASE戦略
Mercedes-Benz Group. Innovation「CASE-Intuitive Mobility」
https://group.mercedes-benz.com/innovation/case-2.html

*9:BTC Research Center. 、Column「ポストSmartFactory」、2022/6/1
MONOist「工場内物流の無人化に向け、多用途UGVによる無人物資輸送の実証実験に成功」
https://www.rc.bigtreetc.com/post/%E3%83%9D%E3%82%B9%E3%83%88smartfactory