シリコンバレー通信2022年11月版 ポストシリコンバレー

はじめに

2022年3月にウォール・ストリート・ジャーナルに”How the Pandemic Broke Silicon Valley’s Stranglehold on Tech Jobs(技術職のシリコンバレー離れ、パンデミックで確実に加速)”という記事が出た*1

記事によると、シリコンバレー*2の人材がジョージア州アトランタ、テキサス州ダラス、コロラド州デンバー、ミズーリ州カンザスシティーなどに流出しているとしている。このことは事実なのであろうか。今後もこの傾向は続き、シリコンバレーはデスバレーとなってしまうのか、ポストシリコンバレーはどこになるのかについてここでは述べる。

シリコンバレーは住みにくいところなのか

前出のウォール・ストリート・ジャーナルでTara Sinclair教授は「リモートワークが定着する」としている。シリコンバレーが住みにくいかどうかは、リモートワークを前提とした就業形態において議論しなければならないということである。LawnStarterの調査によるとリモートワーカーにとって住みにくい都市としてシリコンバレーだけでなく、ワースト10がすべてカリフォルニア州の都市で占められている*3。その理由として、家賃をはじめとした物価や所得税の高さが挙げられている。

下図は、シリコンバレー(サンタクララとサンマテオ)への海外からの流入(赤)と国内への流出(オレンジ)を示している。海外からの流入は年々減少傾向にあり、一方、国内への流出は増加傾向にあり、結果として人口は激減している。このことからも、シリコンバレーが住みにくいのは議論の余地がない。

Foreign and Domestic Migration

Foreign and Domestic Migration
https://siliconvalleyindicators.org/data/people/talent-flows-diversity/migration-flows/foreign-and-domestic-migration/

シリコンバレーは起業しにくいところなのか

シリコンバレーには多くの刺激的なスタートアップが集まる起業しやすいエリアと考えられている。なぜならば、VC(ベンチャーキャピタル)からの投資が集まり、潤沢な資金に活用したクリエイティブなビジネスを実現できるからである。

下図は、シリコンバレーとサンフランシスコの新規に投資を受けたスタートアップ数を示したものである。2020年に受けたCOVID-19の影響から回復して、2021年に増加傾向に復調していることがみてとれる。

Number of Newly-Funded Startup Companies

Number of Newly-Funded Startup Companies
https://siliconvalleyindicators.org/data/economy/innovation-entrepreneurship/startups/number-of-seed-or-early-stage-startups-and-total-number-of-startup-companies/

つまり、シリコンバレーは住みにくいエリアでありながらも、投資先としては有望であり、起業しやすいエリアと言える。

シリコンバレーはデスバレーになってしまうのか

人口は減っているが新規出資のスタートアップ数は伸びている。つまり、人は動いたが企業は動いていないのであろうか。
スタンフォード大学のHOOVER研究所が発表したレポート*4によると、2021年に本社を移転したカリフォルニア州の企業は153社で、2020年に移転した75社の2倍以上、2018年に移転した46社の3倍以上であった。つまり、移転は増加傾向にある。このレポートでも、州の規制の厳しさ、税金の高さ、生活費の高さなどを主な理由としてあげている。

移転先としてはテキサス州が最も多く、テスラ、オラクル、HP、チャールズシュワブなどの企業がカリフォルニアからテキサスへ本社を移転した。また、本社は移転せずとも業務の大部分を他州に移したり、従業員に州外への引っ越しを奨励し援助したりしている会社もあるとしている。ここで注視しなければならないのはテスラ、オラクル、HP、チャールズシュワブなどは成功し成熟した企業であること。そのレポートで断っているようにスタートアップのような小さな企業はつかみ切れていないということである。一方で、シリコンバレーの有数なVCが移転したというデータはない。

前出の図に示されているように、新規出資スタートアップは年に1000社以上誕生している。スタートアップのうちの9割はインキューベーションされずに消滅していくと言われている。つまり、スタートアップは出資を受けて、移転する前に消滅していると考えられる。

まとめ

シリコンバレーは住みにくいが投資を受けやすいので起業しやすいエリアである。そして、人も企業も移動したというのが実態である。ただし、テキサス州などがポストシリコンバレーとなると判断するのはまだ早計で、結論が出るのはまだ先になるであろう。なぜならば、 “Silicon Valley is a Mindset. Not a Location.”という言葉があるように、テキサス州などにマインドセットがあるかどうかが分かってくるのはこれからであるからである。

そして、注視しなければならないのは、VCは依然として、シリコンバレーを拠点としており、結果として、投資を受けるスタートアップもシリコンバレーに拠点を置くことになる。さらにシリコンバレーにはVCがあるだけでなく、スタンフォード大学を中心としたアントレプレナー、インキュベーターなどさまざまなエコシステムがあることを忘れてはいけない。これらをつないでいるのは、オフラインのミートアップであり、そこでインフォーマルな情報を交換している。

シリコンバレーで起業し、 シリコンバレーのVCから出資を受けて、シリコンバレーのエコシステムを活用して、成功したら、シリコンバレーを卒業していくという図式が今後は予想され、シリコンバレーは引き続き、起業の起点であり続けるであろう。

以上、今後のシリコンバレー進出計画の参考になれば幸いである。

注釈

※以下外部サイトとなります。

*1:THE WALL STREET JOURNAL

https://www.wsj.com/articles/how-the-pandemic-broke-silicon-valleys-stranglehold-on-tech-jobs-11647061211

*2:周知のとおりシリコンバレーという地名はなく、サンフランシスコ湾のハイテクカンパニーが集まっているエリアをシリコンバレーと呼んでいるに過ぎない。

*3:2023’s Best Cities for Remote Workers

https://www.lawnstarter.com/blog/studies/best-worst-us-cities-for-remote-workers/#rankings-lowlights

*4:HOOVER INSTITUTION
Why Company Headquarters Are Leaving California in Unprecedented Numbers
https://www.hoover.org/sites/default/files/research/docs/21117-Ohanian-Vranich-4_0.pdf