アクセシビリティの市場トレンド

前回の記事では、「アクセシビリティ」に関する概略やユーザビリティ・ユーザーエクスペリエンスとの立ち位置、構成要素についてご説明しました。
今回は、「アクセシビリティ」に配慮しなかった場合に生じるリスクと、「アクセシビリティ」に関する最新の市場トレンドについてご説明します。

目次

  • 1.「アクセシビリティ」に配慮しない場合に生じるリスク
  • 2.海外のトレンド
  • 3.国内のトレンド
  • 4.まとめ

1.「アクセシビリティ」に配慮しない場合に生じるリスク

前々回の記事では、3.ターゲットユーザーに対する誤解について、以下のようにご紹介しました。

  • リスク1:身体的なハンディの有無や、対象がWebサイトか否かは施策実施の可否の焦点にはならない
  • リスク2:「アクセシビリティ」は、CVRにも影響を与える可能性がある

では、「アクセシビリティ」に配慮しなかった場合、実際にどのようなリスクが生じるのでしょうか。

リスク1では、そもそも「アクセシビリティ」の対象者が障がいを持つ方だとする誤解が端を発しています。
前回の記事でも触れた通り、「アクセシビリティ(英訳:
Accessibility)」には、誰もが如何なる環境下でもすべての情報に接続でき、あらゆる情報や価値提供が受けられるような配慮が求められます。
つまり、対象者はすべての人となりますので、本来的にはマーケティング的な考え方であるターゲットユーザーの市場規模で測る自体がナンセンスです。

また、障がいを持つ方々をマイノリティだとするのも誤りです。市場規模をセグメント別に検証してみましょう。図1をご覧ください。

図1. 障がい者によるインターネットの利用率の推移
図1. 障がい者によるインターネットの利用率の推移

図1は、「国立研究開発法人情報通信研究機構(NICT)」が定期的に発表している、「障がい者によるインターネットの利用率」の過去20年間分のデータを集計したもの[1]です。それぞれ「聴覚」「視覚」「肢体」の障がいを持つ方々とそれらすべてを含めた「全体」の推移を算出しています。平成24年時点で、既に「全体」の53%がインターネットを利用しており、その中でも視覚や聴覚に障がいがある人は約90%がインターネットを利用していることが伺えます。

全体的にインターネットの利用率が右肩上がりの上昇傾向にありますので、これにより障がいを持つ方々をマイノリティ層だと見なすことや、単純に市場規模の大小で「アクセシビリティ」の配慮の有無を判断するような主張が、そもそも通用しなくなっていることが読み取れます。もはや「Webアクセシビリティ」は無視できない状況であり、むしろ障がいの有無を問わず、Webサイトを利用できる環境作りが不可欠になりつつあるのではないでしょうか。

また、リスク2は、「アクセシビリティ」はCVRに影響しないという誤解から端を発しています。
もし、「マシンリーダビリティ」の対象に対して、たかが機械でWebブラウザだからと蔑ろに取り扱ったり、Webサイトの直接的な見栄えに影響を及ぼさないからと「alt」の記述などの精緻なマークアップを後回しにしていると、「マシンリーダビリティ」を損ねた状態のままとなります。

この場合、間接的ではありますが検索エンジンの「インデクサビリティ」も損ないますし、検索エンジンのクローラによるWebサイトへの評価にも影響を及ぼします。評価が下がれば「SEO」にも想定外の影響を及ぼすことになります。「SEO」の効果が発揮できなければ、利用者がWebページに自然検索で辿り着けなくなるなど、本来リーチしたはずの機会損失の可能性も発生するでしょう。この点がCVRに影響を及ぼす理由です。

加えて、こうした機会損失の可能性はWebサイトの「ナビゲーション設計」でも顕著です。こちらは「クローラビリティ」の影響範囲の一つです。確かに、「alt」の修正程度であれば運用フェーズ以降での改修が可能です。しかし、「ナビゲーション設計」は本来「情報設計」の際に策定する要素のため、運用フェーズ以降の改修では多大な運用コストを計上することになります。

上記のリスクを鑑みると、Web業界で「アクセシビリティ」に配慮する場合、可能であれば戦略・要件定義のフェーズから、遅くとも設計フェーズからといった、なるべく上流工程からトップダウンでの施策の策定・実施を推奨いたします。Webブラウザが理解・認識できるように配慮した「デザイン」や「マークアップ」、「情報設計」等が、今後は不可欠になるでしょう。

2.海外のトレンド

続けて、「アクセシビリティ」に関する海外のトレンドをご紹介します。
海外のトレンドで押さえておきたいのは、「Webアクセシビリティ」に配慮していないWebサイトに対する「訴訟リスク」です。

近年、先進国では「Webアクセシビリティ」に関する法整備が進んでいます。海外の先進国の多くでは、少なくとも公的機関には「Webアクセシビリティ」を確保することが法律で義務付けられています。それらの法律では、「Webの活用は人権の一つ」であり、すべての人に保障すべきだとする考え方が示されています。
Webは、もはや社会インフラのように生活の中でなくてはならない存在だとされ、Webサイトは「公共の施設」として定義されていることから、「Webアクセシビリティ」に配慮せず、障がい者が使えないWebコンテンツを提供することは差別に当たる、という考え方が主流です。

こうした考え方は米国で顕著です。米国では、「連邦法ADA(障がいを持つアメリカ人法:Americans with Disabilities Act of
1990)」が1990年に制定されており、近年(2017-2018年)では、「Webアクセシビリティ」に関する訴訟が181%増加[2]しました。最終的に1億円規模の賠償金の支払いを命じられた判例も出ているため、事業継続にも関わる経済的なリスクであることは疑いようがありません。

図2. 連邦裁判所でのWebアクセシビリティ訴訟の件数推移
図2. 連邦裁判所でのWebアクセシビリティ訴訟の件数推移

3.国内のトレンド

日本でも、2016年4月に「障害を理由とする差別の解消の推進に関する法律」が施行されています。
比較的、先進国よりも法律の制定は遅かったですが、やはり考え方は同様です。公的機関のWebサイトでは、「Webアクセシビリティ」に配慮するよう総務省より推奨されています。

現時点では、まだ推奨の段階ですから法的な拘束力はありませんし、国内発の訴訟件数も取り立てて多い件数ではありません。しかし、国境を越えて世界中にグローバル展開している企業で、米国以外に本籍がある場合であっても要注意です。2.海外のトレンドでご紹介した訴訟のケースが、多国籍のグローバル企業に対しても連邦裁判所に提訴されたケースが11%ほどあり、中には日本企業も含まれているとのことですので、対岸の火事ではありません。今後の国内グローバル企業には、「アクセシビリティ」を考慮してWebサイトを構築していないこと自体が訴訟リスクとなります。

国内の事業会社のWebサイトでも、やはり近年になって「アクセシビリティ」に配慮するようになったケースが増加していると感じています。制定された各法律に基づいた対応であったり、利用者から直接お問い合わせフォームに「Webサイトやアプリを活用できるよう改善してほしい」と直接的な声が届いて、Web運用のPDCAサイクルに取り入れたケースもあるようです。
これまで「アクセシビリティ」の配慮を考えていなかった企業でも、今後、国内外のトレンドを考慮して積極的に取り組んでみてはいかがでしょうか。社会的に意義がある施策として、間違いなく社会に貢献する施策ですので、この機会に是非とも、前向きにご検討いただけますと幸いです。

4.まとめ

以上、「アクセシビリティ」に配慮しない場合に生じるリスクと、国内外のトレンドについてご説明いたしました。

BTCでは、デジタルマーケティング領域を中心として、上流から下流まで幅広くご支援が可能です。Webサイト構築のコンサルティングをはじめ様々な手法による分析を基に、戦略策定・最終的なアウトプットまで含めたデジタルマーケティング支援を行っております。
興味を持たれた方は、是非とも[BTCまでお問い合わせ: https://www.bigtreetc.com/contact/]ください。

*次回、「アクセシビリティ」がWebサイトの戦略策定に与える影響について解説いたします。

[1] 情報通信研究機構(NICT) 障がい者によるインターネットの利用率
http://barrierfree.nict.go.jp/relate/statistics/hc_internet.html

[2] Usablenet – 2018 ADA Web Accessibility Lawsuit Recap Report
https://blog.usablenet.com/2018-ada-web-accessibility-lawsuit-recap-report